白山神社

白山神社に参拝してきました。

白山神社は、日本三霊山の一つである白山(石川県と岐阜県にまたがる)を御神体とする白山信仰の中心地、石川県の白山比咩しらやまひめ神社から勧請かんじょうを受けて建てられました。武蔵国豊島郡本郷元町、現在の文京区本郷1丁目 (東京ドームの東側)に、10世紀中頃の西暦948年に造営されたのが始まりです。その後、2代将軍徳川秀忠の命によって、巣鴨原にあった小石川白山御殿 (現在の小石川植物園内)に移されました。しかし、後に5代将軍徳川綱吉の邸宅がその地に建てられることになり、現在の場所に再び移転されました。ちなみに、白山という地名もこの神社に由来しています。

白山神社では、白山信仰に基づいて、菊理媛命(くくりひめのみこと)、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冊命(いざなみのみこと)をお祀りしています。菊理媛命は白山信仰の主神であり、白山比咩神とも同一視されています。

古事記の物語に登場する菊理媛命は、黄泉の国でイザナミを見たイザナギが逃げ出した際、黄泉比良坂よもつひらさかで二人が口論になる場面で取次・仲裁役として現れます。菊理媛命が何を言ったのかは不明ですが、その言葉を聞いてイザナギは納得し、黄泉の国を後にしました。このエピソードはあまり知られていないかもしれませんが、非常に興味深いものです。

また、白山神社には歴史的なエピソードもあります。1910年(明治43年)、宮崎滔天みやざきとうてんと中国の革命家・孫文が白山神社の境内にある石に腰掛け、支那の将来について話していたとき、流れ星(ハレー彗星だったと言われています)を目にしたそうです。この出来事を機に、孫文は祖国の革命を誓ったと言われています。当時、孫文は白山神社の近くにある宮崎滔天の家に身を寄せていました。この話も、歴史の舞台となった白山神社の魅力を引き立てる要素の一つです。

白山神社は、都営三田線白山駅のA3出口を出てすぐ西側にあります。東京メトロ南北線からは少し歩きますが、1番出口を出て徒歩約5分程度です。ただ、周辺は斜めに交差する道が多く、慣れていないと迷いやすいかもしれません。実際、私も道に迷ってしまいました。
地図のマーカーは白山神社と都営三田線・メトロ南北線の出口です。

白山神社 1
神社に向かう途中、奥に大きな鳥居が見えます。

白山神社 2
木々に囲まれた静かな雰囲気の中に本殿が現れます。木々が覆いかぶさっているため、少し見えづらいかもしれませんが、右隣には社務所があります。敷地は比較的狭く、参拝者も少なかったため、これまで訪れた神社の中でも最も閑散としている印象を受けました。それでも、白山神社は東京10社の一つとして知られています。

残念ながら、今回の参拝では御朱印をいただけませんでした。神社の掲示には、御朱印帳に直接書いてもらうことはできず、書き置きの御朱印を受け取る形式だと記載がありました。しかし、社務所には誰もおらず、書き置きの御朱印も受け取ることができませんでした。次回、再度訪れる際に受け取る予定です。