日枝神社

日枝神社(ひえじんじゃ)に参拝してきました。

武蔵野開拓を行った秩父平氏の江戸氏が現在の皇居平河門付近に山王宮を祀り、太田道灌が江戸城築城の際に川越の日吉社を勧請した。
徳川家康が城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした。
徳川秀忠による江戸城大改造の際に紅葉山から江戸城外の最高裁判所裏手の国立劇場付近?に社殿を新築して遷祀したことで一般衆庶も参拝できるようになった。
1657年の明暦の大火で社殿を消失。将軍家綱が赤坂の福知山藩松平忠房の邸地だった(現在の)場所に総朱塗り権現造りの社殿を建て1659年に遷座する。
明治元年の神仏分離の際に現在の日枝神社の名前になる。
終戦の年、東京大空襲で社殿を消失。その後1958年に再建し、現在に至る。
赤坂っぽい雰囲気だが港区ではなくぎりぎり千代田区。

主祭神
大山咋神(オオヤマクイノカミ) 山の地主神、農耕と治水の神、日枝山、現在の比叡山に座す。

相殿神
  • 国之常立神(クニノトコタチノカミ)
  • 伊弉冉神(イザナミ)
  • 足仲彦尊(タラシナカツヒコノミコト)

国常立神は日本神話で天地開闢の神代七代(かみよななよ)の1代目の独神(ひとりがみ)。
足仲彦尊は日本武尊の子で第14代天皇の仲哀天皇のこと。

日枝神社の山王祭は江戸三大祭り一つであると同時に日本三大祭りの一つ。大祭は西暦の偶数年の6月に開催される。

江戸三大祭り: 山王祭、神田明神の神田祭、3つ目は諸説ありで一応は富岡八幡宮の深川八幡祭
日本三大祭り: 京都八坂神社の祇園祭、大阪天満宮の天神祭、3つ目は諸説ありで東京の祭りを入れるなら山王祭&神田祭(大祭は交互に隔年)

江戸時代には江戸城の中に神輿行列が入り徳川将軍が上覧したということから「天下祭り」(御用祭り)と言われる。(神田祭も同じ)

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今はちょうど七五三の時期ですが、日枝神社の七五三の記念品はタカラトミーの「日枝神社の巫女リカちゃん」非売品の限定モデル。子供よりも親が喜びそう。

東京メトロ南北線,銀座線の溜池山王駅または東京メトロ千代田線,丸ノ内線の国会議事堂前駅で下車。改札からは少し遠いが東急キャピトルタワーにある6番出口から地上に上がると首相官邸と衆議院第一議員会館の向かいに出る。ここから東のエリアは独特の禍々しい雰囲気。左に進み東急キャピトルタワーと隣のTBRビルの間の階段を登ると日枝神社の東側の入り口の前に出る。地上部だけで考えるとこれが近い。
東京メトロ南北線,銀座線の溜池山王駅1番出口を出る。北西側に道なりに進むと鳥居と階段があるので上がる。こちらはエスカレーターもある。

日枝神社 1
神社の東側。位置的にはこちらが表参道側の筈だが、暗くて雰囲気悪い。辺りがタクシーの待合場所になっている。駐車禁止の表示を無視して鳥居前に停めて休憩に行くタクシードライバーとか信じられない。まぁ、アッチ系の人が多い職業だというのでワザとなのかもしれません。
鳥居の後ろの石段が男坂。女坂はこの写真よりも左の方にあるが、車道になっている。
鳥居は普通の鳥居の上に屋根が付いたような形の山王鳥居。

日枝神社 2
随神門。この写真は随神門の外側で、左右のガラスの(反射が多いのでアクリルかも)中に矢大臣像、反対の内側の左右には神猿像がある。

日枝神社 3
拝殿前。周りは少し離れて高層ビルが見える。開けていて気持ちの良い場所。

日枝神社 4
南南西側の山王下交差点の所にある赤坂側参道(山王橋)。こちらはとても広い参道で階段の右側にはエスカレーターも付いている。スゲェ。

日枝神社 御朱印
御朱印。皇城之鎮というのは随神門の内側から見上げた所の額にも書いてありました。

東急キャピトルタワーにあるザ・キャピトルホテル東急は泊まったことあるのだが、意外とリーズナブルなお値段の割に部屋が広くて綺麗で高級な雰囲気。窓も超大型で都心の景色・夜景が存分に楽しめます。ちなみに部屋まで係員に案内されるタイプのホテルなのであまり酷い服装で行くとヘッ?ってなります。(あと、お風呂がガラス張りで丸見えだったりするけど)

白山神社

白山神社に参拝してきました。

白山神社は、日本三霊山の一つである白山(石川県と岐阜県にまたがる)を御神体とする白山信仰の中心地、石川県の白山比咩しらやまひめ神社から勧請かんじょうを受けて建てられました。武蔵国豊島郡本郷元町、現在の文京区本郷1丁目 (東京ドームの東側)に、10世紀中頃の西暦948年に造営されたのが始まりです。その後、2代将軍徳川秀忠の命によって、巣鴨原にあった小石川白山御殿 (現在の小石川植物園内)に移されました。しかし、後に5代将軍徳川綱吉の邸宅がその地に建てられることになり、現在の場所に再び移転されました。ちなみに、白山という地名もこの神社に由来しています。

白山神社では、白山信仰に基づいて、菊理媛命(くくりひめのみこと)、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冊命(いざなみのみこと)をお祀りしています。菊理媛命は白山信仰の主神であり、白山比咩神とも同一視されています。

古事記の物語に登場する菊理媛命は、黄泉の国でイザナミを見たイザナギが逃げ出した際、黄泉比良坂よもつひらさかで二人が口論になる場面で取次・仲裁役として現れます。菊理媛命が何を言ったのかは不明ですが、その言葉を聞いてイザナギは納得し、黄泉の国を後にしました。このエピソードはあまり知られていないかもしれませんが、非常に興味深いものです。

また、白山神社には歴史的なエピソードもあります。1910年(明治43年)、宮崎滔天みやざきとうてんと中国の革命家・孫文が白山神社の境内にある石に腰掛け、支那の将来について話していたとき、流れ星(ハレー彗星だったと言われています)を目にしたそうです。この出来事を機に、孫文は祖国の革命を誓ったと言われています。当時、孫文は白山神社の近くにある宮崎滔天の家に身を寄せていました。この話も、歴史の舞台となった白山神社の魅力を引き立てる要素の一つです。

白山神社は、都営三田線白山駅のA3出口を出てすぐ西側にあります。東京メトロ南北線からは少し歩きますが、1番出口を出て徒歩約5分程度です。ただ、周辺は斜めに交差する道が多く、慣れていないと迷いやすいかもしれません。実際、私も道に迷ってしまいました。
地図のマーカーは白山神社と都営三田線・メトロ南北線の出口です。

白山神社 1
神社に向かう途中、奥に大きな鳥居が見えます。

白山神社 2
木々に囲まれた静かな雰囲気の中に本殿が現れます。木々が覆いかぶさっているため、少し見えづらいかもしれませんが、右隣には社務所があります。敷地は比較的狭く、参拝者も少なかったため、これまで訪れた神社の中でも最も閑散としている印象を受けました。それでも、白山神社は東京10社の一つとして知られています。

残念ながら、今回の参拝では御朱印をいただけませんでした。神社の掲示には、御朱印帳に直接書いてもらうことはできず、書き置きの御朱印を受け取る形式だと記載がありました。しかし、社務所には誰もおらず、書き置きの御朱印も受け取ることができませんでした。次回、再度訪れる際に受け取る予定です。

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