鎌刃城 その1

2017年4月6日(城の日)に「続日本100名城」として鎌刃城が選ばれたとのこと。日本人の多くが知らない幻の城が選ばれたということだけど、遺構の規模が大きいのに山奥なので「破城」以降は現代まで開発破壊などがなかったのが幸いだったと思われる。
おめでとう。

まず鎌刃城の場所だが、グーグルマップに表示される「鎌刃城」の位置が全然違う。(2016年5月13日現在)
グーグルマップを信じて鎌刃城を探すと青龍の滝のずっと南側の深い森の中を案内されるので注意。一応グーグルに訂正依頼出しとく。

鎌刃城の位置(緑のマーカー)は青龍の滝(赤いマーカー)の北西側で山の尾根。
今回は地図の上の方の(A)から青龍の滝の傍の(B)に来てそこから鎌刃城に登る。青龍の滝までは「青龍の滝(滋賀県)」の記事をどうぞ。
でも、普通は青龍の滝の左上の方の(A)から青龍の滝(B)までの涌谷林道を通る筈。

2016年6月9日追記(2文): グーグルから地図の「鎌刃城」の登録と間違った位置の「鎌刃城跡」のマーカー移動が承認されたというメールが来た。でも、同じ場所のマーカーが2つになっちゃった。

国土地理院の地図はさすがに正しい。だけど青龍の滝が載っていない。

鎌刃城地図
この地図では北が右上。青龍の滝は一番左下のリベットの方。

青龍の滝の記事に出てきた舗装されてない林道はこの地図の左を上下に通る形。登ってきた舗装された道路は地図の下方から一番下の堀切に近づくものの逆U字になって遠ざかりこの地図には出ない位置にある。その逆U字の頂点部分から地図の一番下の堀切まで尾根伝いに歩けるらしく、この記事の滝の横から登るコースより楽かも(未確認)。

鎌刃城1
上の地図はこの看板のもの。

「国史跡 鎌刃城跡について
鎌刃城跡は滋賀県米原市番場の標高384mの山頂に位置する典型的な戦国時代の山城です。
この地は戦国時代、近江の北と南の国境にあるため、鎌刃城は国境を警護する境目の城として、応仁の乱のころには築城されていたようです。
鎌刃城の城主は堀氏ですが、境目の城という性格から、天文年間(1533〜1538頃)には酒田郡の土豪今井氏がこの城を攻略して家臣島秀安を城代に置くなど、北近江の守護京極氏と南近江の六角氏との争奪の場となります。
永禄2年(1559)城主堀氏は浅井氏に属するようになりますが、元亀元年(1570)一族の樋口氏とともに織田信長に与したため、信長軍の最前線基地となります。このため浅井長政や一向一揆勢にたびたび攻められ、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の援軍によってかろうじて落城が食い止められています。しかし、天正2年(1574)、堀・樋口氏は突然改易され、その後まもなく廃城となったようです。
平成10年より実施された発掘調査で、門柱の礎石を伴う見事な枡形虎口(出入口)や、御殿の礎石をはじめ中心部の周囲が高さ3mを超える石垣によって築かれていたことが明らかになりました。
平成19年度 里山・遺跡のコ・ラ・ボ事業」

1573年に浅井氏が滅び、北近江を織田信長が平定して多くの山城が廃城になったみたい。

鎌刃城2
その地図の看板の後ろの山道が滝側からの城への登山口。看板が無いと見落とすくらい城への道は細くて目立たない。

鎌刃城3
道の片側は崖に近い急斜面。足元が滑るので落ちないように滑り止めの付いた靴が要る。あと、軍手とタオルは必須。できたら登山用の杖も。

鎌刃城4
急な斜面には一応ロープが備わっているのでピッケルは要らない。

鎌刃城5
下にある案内板。
「切り通し(きりとおし)
この場所は番場(ばんば)から武奈(ぶな)へ抜ける幹道の切り通しで、堀切としても利用されています。鎌刃城跡の最南端にあたる場所でもあり、城の南方を防御する重要な役割を果たしていたと思われます。
米原市教育委員会」

切り通しとは、山や丘などを掘削し、人馬の交通を行えるようにした道のこと。尾根伝いに侵攻してくる敵を防御するために尾根を凹ませた部分が山を横断するための道としても使われていたということらしい。

鎌刃城6
堀切が幾つかあるのでその凹みからの登りが結構たいへん。尾根伝いに進むには両手はフリーになるようにしとかないとダメ。

鎌刃城7
尾根を進む。両側が急斜面なのでロープを頼りに進む。

鎌刃城8
巨大な岩があって迂回するが足元は岩だらけで下は崖。ロープがあるので安全な筈だが高所恐怖症の気があるので足がすくみそう。

鎌刃城9
一段と大きな斜面。ロープが上から垂れ下がってるが、そのロープの上が見えなくてどうなってるかわからないので頼って良いのか怖い。(木に括ってあって大丈夫、当然だけど)

鎌刃城10
その斜面の下の案内板。

堀切(ほりきり)
城郭の最南端の切り通しから、城の中心的施設である主郭(しゅかく)や副郭(ふくかく)のある場所に至る尾根には、7本にのぼる堀切を設けています。尾根の両側は絶壁となっており、まるで鎌の刃のような印象を受けます。一説によると「鎌刃城」という名称は、ここの由来するとも言われています。
米原市教育委員会」

堀切とは主に山城に用いられる防御のための土木建築物。城や城塞群において、外敵の侵入防止や遅延のために曲輪や集落の周囲や繋ぎの部分を、人工的に開削して溝(堀)にするもの。空堀(水の無い堀)の一種。

関連記事:

青龍の滝(滋賀県)

ずっと希望していた鎌刃城に行く機会を得た。青龍の滝はその鎌刃城のすぐ近くで城の水源でもあった滝。

赤いマーカーが青龍の滝。(緑のマーカーは鎌刃城)
本来なら青龍の滝の北西側にある中山道の宿場町側(A)から涌谷林道を通って滝(B)に向かうところだが、滝まで距離は短いものの道が悪いとのことだったので、今回は地図の上の方の米原インターチェンジ(A)から滝(B)に向かうことに。

青龍の滝1
米原インターチェンジ出口からすぐの樋口西交差点を南下すると米原工業団地の入り口がある。写真の左側の道(工業団地側)に進む。

青龍の滝2
工業団地を通り抜けると山道に入ることになるが入り口に大変危険との注意書きが。何故かは後で。

青龍の滝3
グーグルマップの衛星写真で確認していたが車がすれちがうには少し足りないがじゅうぶんな広さで舗装されている。写真に写っているのは道が綺麗な部分。

青龍の滝4
少し進むと崖崩れがあちらこちらに。落石によって路上に拳くらいの石が幾つも転がっている。 別の場所では竹が道に向かって突き出ていたり植物片が大量に落ちていたりでクルマがボロボロになるので高級車でこの道を通ろうとするのはやめた方が良さそう。

青龍の滝5
琵琶湖方向に開けた場所。景色はとても良い。クルマが全く通らないので静かで落ち着く。ここまで山道グニャグニャで思ってた以上に遠い。

青龍の滝6
滝のすぐ近くまで登ってきた道はアスファルト舗装だが滝に行くには脇道に入らなければならない。その滝谷林道は未舗装。山から滲み出た水で下グチュグチュ。

青龍の滝7
手書きの案内図だが位置関係の情報が親切でありがたい。これが無いと悩んだかも。
ちなみにこの地図では南が上。(地図の設置場所で見るならこの向きで正しい)

青龍の滝8
林道を暫く進むと水音が大きくなり谷の下に滝が見えてくる。
写真では右下が滝。
鳥居と橋も見えるがそこに行く道はわからなかった。

青龍の滝9
道が下って少し進むと良い角度で見えるようになった。でも木が邪魔。

青龍の滝10
案内の看板。他の案内板は「青龍の滝」になってるのに滝の横にあるこの看板は「清竜の滝」。どっちが正しいの?
「霊仙山系の、山ふところにいだかれたこの滝は、夏でも冷たく、昔はここで修行するものもあったと聞きます。
ここには、清竜の名が示すように蛇を祭ったり、不動明王を祭ったりしたほこらがあり、商売繁昌や、火除けにご利益があります。
現在は、7月24日に清竜の滝祭りが地元番場の人々によって、とりおこなわれています。」

青龍の滝11
さらに離れたところ。やっぱり木が邪魔。左下の赤い橋からだと綺麗に撮れそうなのになぁ。

青龍の滝12
さらに奥に進むと元々はコンクリートだったのかな、びっしりと苔で覆われてすごく綺麗。写真だからじゃなく実際に目で見てもこんな感じ。

滝はおまけなのでこれで終わり。次が目的の鎌刃城。

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