鎌刃城 その4

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物見櫓の一番上に出てみた。尾根の上の櫓ですぐ下は急斜面、床板も少しブワブワしてるのでまっすぐ立つのは怖い。
でも、景色は最高。写真は南西を向いて。右が琵琶湖。ちょうど中央の山は「三成に過ぎたるものが二つあり」のうちの一つ「佐和山の城」があった佐和山(だと思われる)。
その奥の市街地が彦根市。彦根城は佐和山に隠れているらしく見えない。中段の左に見えている山はおそらく荒神山(こうじんやま)と思われる。観音寺城があった繖山ではない筈。中央右寄りに見える島はおそらく琵琶湖最大の島の「沖島」。

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ここにも枡形虎口がある。

枡形虎口(ますがたこぐち)
平成10年度の発掘調査によってその全貌が明らかとなった門の跡で、約5m90cm(3間)四方の規模があります。位置的に城の大手門に相当すると考えられます。検出状況から、その構造は「コ」の字状に三段の石段もしくは石垣を配し、内部に礎石立ちの四脚門が建っていたと想定されます。四脚門は間口約3m90cm(2間)×奥行き約2m90cm(1間半)の規模を測ります。大型の礎石を採用していることと、発掘調査時に多量の鉄釘類が出土したこととを考え併せると、相当立派な門であったことが覗い知れます。
平成11年度には、この遺構を広く公開し、一般の方々に文化財保護について関心を持ってもらうために、保存整備工事を実施いたしました。極力現状での保存をこころがけてはいますが、耐久性の問題や遺構の残存度が低く当時の形が判りにくい部分については一部想定復元をしています。
米原市教育委員会

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その枡形虎口がこれ。この虎口は東北東を向いている。やっぱり急斜面に面しているような・・・

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虎口を出たところに早速岩がある。その下から虎口に向かって撮影。中央上部にみえる黒い筒のようなものは焼却炉の煙突。狼煙用の発煙筒じゃないよね?

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虎口前を更に降りたらこんな感じ。大手門に相当と言われてもその前の道はこれで良いの?それとも土砂崩れか破城時に壊したのか。

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北郭の中央部、先ほどの焼却炉の煙突の北側にある案内板。(西向き)

曲輪(くるわ)
この曲輪は鎌刃城の北端を防御する重要な役割を果たしていました。周囲には削り残して作られた土塁がめぐらされています。
平成10年度に実施された発掘調査によって、柱間を六尺五寸とする五間×三間以上の礎石建物が検出されました。この建物は土塁を壁面とする半地下式構造の櫓であったと考えられます。
出土遺物には瀬戸美濃産の天目茶碗や中国製の白磁皿のほか、大量の鉄釘などがありました。
米原市教育委員会

曲輪って書かれると何処のことかわからないけど常識的にはこの北郭の今居る段の平地部分全部を指している?

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その曲輪の案内板の奥に四角くロープが張られた場所があるが、このロープが張ってある部分を曲輪だって言ってるわけではないよね? 。少し窪んでいるだけなので半地下式の櫓の想像がつかない。この時代の櫓というと先のアーチャータワーみたいなのを思い浮かべるんだけど山城で立派ってどんなレベル?

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ロープで囲われた部分の反対側(東向き)。こちらには大櫓跡と書かれている。
このロープは大櫓があったと思われる場所を示すものだよね?

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平地部の端、大櫓跡の北側。ここにも急斜面の際に木で何か組んである。大櫓の横と考えると物見櫓ではなく下から登ってくる敵を攻撃するための台を模したもの?

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向きを変えただけで同じ台。はしごがあって登れるみたい。

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鎌刃城 その3

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前の記事の最後の写真の場所を(主郭の北端近くから北に)振り向いたところ。この城の有名な枡型虎口。虎口は北を向いている。城があった頃は石垣の左右を跨ぐ形で門があったと思われる。

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枡型虎口近くの案内板。

「主郭(しゅかく)
鎌刃城の中心部となる曲輪で、その周囲は石積みによって固められています。曲輪内部では、主殿の一部と思われる縁側を有する礎石建物跡が確認されており、格式の高い建物が存在していたと思われます。曲輪の北辺には石段と石積みで構成される枡形虎口(正門)が設けられており、礎石建ちの門跡が検出されました。これは"城道"と呼ぶにふさわしい本格的なものであり、全国的に見ても中世城郭で確認された例はほとんどありません。安土城をはじめ、後の近世城郭に見られる"大手道"に相当するものと考えられ、城郭史を考える上でも大変貴重な遺構と言えるでしょう。
虎口の他に曲輪の北東隅にも出入口の施設が設けられていたようで、そこに至る石段が今も残されています。ここは、日常の通用口として機能していたと考えられます。
曲輪の南辺及び東西辺の一部には、石塁が存在しています。この石塁は周辺の地面を掘り下げて削り出した地山の高まりの内側と外側に石積みを施して構築されています。波城(城割り)によって上部を壊されていますが、当時の石塁の高さは4m近くに及んでいたと推測され、その防御機能の高さが伺えます。また、南辺の石塁には主郭内部から上に上がるための石段が設けられており、上部幅が3m以上と非常に幅広いため、何らかの建物が存在していた可能性があります。
これらの貴重な遺構は、極力現状での保存と公開を心がけていますが、安全性に問題がある部分や遺構の残存度が悪く当時の姿が判りにくい部分については、保存整備工事を実施して部分的に仮想復元を試みています。」

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同じく枡型虎口近に虎口から見える景色の写真。こちらも色が褪せてしまっている。

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実際に虎口から見える風景。写真に似せて目印も入れてみた。玄蕃尾城跡は福井県との県境なので方向はこのとおりだが、だいぶ遠い。

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虎口の石段を降りたところから虎口を向いて。(南を向いて)

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上の写真を撮った場所の下は崖のようになっていたので廻ってその下に降りてみた。崖だと思った部分には土嚢が積んであった。放置すると斜面が崩れて虎口が崩壊するのだろうか。

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どっちにしろその下は急斜面。「鎌刃城十三丁」とあるが、意味はわからない。

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「鎌刃城十三丁」の表示の左の方の坂を降りてみた。写真の右上から中央にある坂がそれ。主郭は右上。

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上が平らな尾根のような場所に続く。奥の方に何かある。

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2階建ての物見櫓が作られていた。城跡には石ころしか無いと思っていたのでちょっと意外。
見た感じクラッシュオブクランのレベルの低いアーチャータワー(ニヤリ) 自生している木を柱にしているので見た目以上に丈夫そう。はしごの手摺り代わりのロープが張ってあるところを見ると登ってもよいらしい。

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